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中古車あれこれ アーカイブ

初めまして!

今日からブログ始めます。


こんにちは。


初めてブログをやる者ですが以後、よろしくお願いします。


ここではクルマに関することを中心に、中古車情報なども一緒にお伝えしていこうと思っています。


不束者ですがどうぞよろしくお願いいたします。


ではまず、昭和の日本における自動車産業について書いていきたいと思います。


世界の自動車地図は’70~’80年代に誰の目にも識別できるほどに塗りかえられました。


デトロイトの没落と日本の台頭がその主因をなしています。


日本自動車工業の躍進の秘密は、実は昭和30年代にことごとくパックされています。


・・・その秘密の一つが、メーカー各社によって実施された乗用車専門工場群の建設です。


いすゞ自動車の藤沢工場は、同社の総合自動車メーカーへの発展計画を推進する重要な柱として建設されました。


乗用車は量産を前提として事業化が成り立つ商品です。


いすゞでは同時に小型トラックの分野にも進出する計画が進行中で、これらを量産する必要に迫られての建設でした。


・・・昭和36年11月第1期工事完了。


翌37年1月から新しいベルトラインの上をヒルマンが流れました。


しかし三宮社長はそれを見ることなく、36年12月30日黄泉の客となりました。


ワイドセレクションの元祖

乗用車路線を推進した三宮社長のあとを引き継ぎ、第6代社長に就任したのが楠木直道(37年1月~40年6月在任)です。


自動車メーカーの社長というより、むしろ銀行の頭取室におさまるのが似合う温厚な風格の人でしたが・・・


40年代におけるいすゞ自動車経営不振の因は、この人の在任中にふくらんだと目される不運のトップでもあります。


ところで乗用車の場合、ニューモデルがデビューするのには普通3年ないし4年の歳月を要すると言われます。


・・・ということは、3~4年先のデビュー時に、そのモデルがどのように評価されるかを読んで設計企画を決めるわけで、そこのところが乗用車設計のむつかしいところとされます。


乗用車という商品にはまた、企業の安危がかけられています。


デビューしてヒットすれば企業の発展に大きく貢献するし、その反対の場合はきびしい局面にさらされます。


30年代の乗用車モデルで、それを如実に実演したのがブルーバードです。


当時は中古車情報なども少なかったのですが、このブルーバードは飛ぶように売れました。


初代ブルーバード(310型)のヒットで、日産は一躍乗用車メーカーのトップにのし上がりました。


ブルーバードとコロナ

2代目ブルーバード(410型)はヨーロッパ調のスタイルがなぜかユーザーの不評を買って臥薪嘗胆のコロナに追い抜かれ、これがその後のトヨタに対する日産劣勢の遠因となりました。


いすゞベレットが報道関係者に発表されたのは、昭和38年6月17日のことです。


わたしの感覚のなかにそれはつい昨日のことのように生きていますが・・・


流れた歳月を思えば、すごく昔のことになりますね。


デビューしたべレットは、いすfにとって実に重要な意味を持っていました。


・・・というのは、いすゞの総合自動車メーカー体制が確立されるかどうかが、このモデルの成否にかかっていたからです。


37年1月に稼働を開始した藤沢工場には、すでに230億円もの建設費が投入されていました。


この金額だけでも、当時のいすゞの資本金150億円を越えています。


全国に配備した乗用車ディーラーは30店を数え、ここにも莫大な資金が投入されています。


ネットなどで中古車情報を見ればすぐにわかることですが、やはり一般消費者にいちばん人気が高いのは乗用車です。


いすゞが莫大な資金を投入するだけの理由は十分にあるといえます。

乗用車の人気

もしベレットに不評が集まれば・・・


中古車としても人気の高い乗用車、小型トラック合わせて月産2万台の生産能力を目標に建設された藤沢工場は、たちまち遊休設備と化して会社の財務面に甚大な悪影響を及ぼすでしょう。


投入した販売資金の回収もおぼつかなくなります。


大げさな表現かもしれませんが・・・


藤沢工場の建設が命とりとなるか、企業発展のバネになるかの命運の岐れ道が、ベレットに託されていたのです。


いすゞ自動車は、この時点では乗用車の経験が浅いのです。


ベレット宣伝の字句にこそ自信の文字が躍っていましたが、関係者の不安は定めて大きいものがあったものと想像されます。


その不安の原因はほかにもあります。


いすゞ自動車はべレットに先立つこと2年、これぞヒルマンの後継車として、昭和36年11月にいすゞベレル(2000㏄)を発表(発売は37年4月)しています。


ベレルの悲劇

東京のパレスホテルで行なわれた発表会の席上、三宮社長は


『わが社が創立以来培ってきた技術と、これに加えてヒルマンの国産化を通じて体得した新技術の精髄とをフルに活用して完成したのが、本日発表の新型乗用車・いすゞベレルであります』


・・・と紹介しました。


いすゞ自動車のべレルに寄せる期待は大きく、巨人軍の長島選手をキャラクターに採用して宣伝にもつとめました。


ベレルは、しかし売れなかったのです。


バリエーションに揃えたディーゼルエンジン搭載車が、わずかにタクシー業界に売れただけであとは散々の成績に終わりました。


いすゞのポスト・ヒルマン第1号は、悲劇のモデルの道を歩いて消えました。


不安な思いが尾を引くいすゞ関係者にとって、ベレット発表の翌日の新聞記事は、何といっても気にかかります。


その一つを次回、紹介しましょう。


新型乗用車の発表

昭和38年6月18日付の産経新聞によると・・・


「"新型乗用車いすゞベレット2種発表"


"ガソリンとディーゼル"


自動車界は新三菱の乗用車コルト1000の発表を皮切りに新車開発競争の様相をみせているが、いすゞ自動車も17日、新型乗用車「いす.ベレット」(排気量1500㏄ガソリンと1800㏄ディーゼル)2車種を秋のモーターショーまでに売り出すと発表した。


同社ではこれで総合自動車メーカーの形態を整えたと言っており、とくにディーゼル車の幅を広げているのが特徴的である。


1500㏄はガソリン車で63馬力.5000回転、最高時速137㎞。


1800㏄は世界最小というディーゼル乗用車で50馬力・4000回転。


最高時速110㎞。


いずれも5人乗り。


価格は未定だが、1500が65万円前後、1800ディーゼルはその4万円高程度の見込み。


なお新しい1トン積みトラックとして「いすゞワスプ」2車種も秋から市販。


月産台数はベレット、ワスプ合計で3000台の予定。」


・・・いつも思うことですが、新型車の発表を伝える新聞記事は、主観を交じえず、それでいて発表車の特徴をよく伝えています。


わたしは中古車情報と共に、こうした新聞の新型車情報もいつもチェックすることにしています。


いすゞとルーツ社の提携延長

前回紹介した産経新聞の記事にある生産目標が月産3000台・・・。


それも小型トラック・ワスプと合計してのものだけに、いすゞのかなり慎重な態度がそこにほの見える思いがします。


藤沢工場の採算がこれでとれるのか気になるところですが、それだけに価格の設定にはずいぶんと苦心したことでしょう。


ベレルのような失敗は二度と許されません。


二の舞いをやったら会社の命とりになりかねません。


中古車情報などを見るとよくわかりますが、一般的な人気を得ることが出来るのはやはり乗用車。


いすゞの慎重な態度はそこに発していたのでしょうが、万一に備える対策は、実は別途にも構じられていました。


ルーツ社との提携延長によるヒルマンの生産継続です。


話はすこしさかのぼります。


いすゞ自動車とルーツ社との提携契約は、昭和37年3月末に期限切れになることが決まっていました。


ヒルマンの乗用車

契約が切れればロイヤルティを支払うこともなくなる代わりに、ヒルマン名の乗用車を作ることもできなくなります。


中古車の情報などでも一番多いのが乗用車なのに、それでは困ってしまいますよね。


一方、通産省は期限の延長は認めないことを、認可の当初から言明しており、いすゞもそれは約束しています。


しかし、外貨での支払いを要する提携料・・・


ロイヤルティが要らない提携契約であれば、政府の認可も必要ありません。


そこでいすゞがルーツ社に対し『提携料なし』の条件での向こう3年間提携延長を提案。


・・・これにルーツ社が同意したのです。


この延長契約成立により、いすゞは40年3月まで3年間、ロイヤルティ(月額800万円程度)なしでヒルマンの生産を継続できる道が拓けたことになります。


この段階でヒルマンは月に1000台前後の安定した売れ行きを示していました。


仮りにポスト・ヒルマンのいすゞモデルが予定の生産・販売を達成できない場合・・・


最低限ヒルマンの生産継続で採算をカバーする計画が成り立ちます。

ガソリンとディーゼル

ベレットは38年第10回モーターショーに出品され、初めて大衆の前に姿を現しました。


丸味を強調したスタイルに観客の人気がどう反応を示すか・・・。


メカに弱いわたしなどはそのへんに興味を持ったことを思い出します。


すでにトヨタ、日産が寡占体制を固める小型乗用車の分野に切りこむだけに、ベレットには数々の特徴と機能が備わっていました。


今では普通のことですが、ワイドセレクションとしたのはこのべレットが元祖格です。


ガソリンとディーゼルの2種、コラムシフトとフロアシフトの2方式、ベンチシートとバケットシートの2タイプ。


それにサスペンションに四輪独立懸架を採用したのも、このモデルが最初であったように思います。


ベレットはそれから11年間、ジェミニにバトンを渡すまで、部分的な改良を加えられながらもモデルチェンジなしに生きつづけました。


ベレットは今ではさすがに中古車情報なども少ないですが、当時はかなりの人気を誇ったのです。


・・・そのこともこのモデルの特徴と言ってよいかもしれません。

次世代のくるま

いすゞ自動車がベレットの企画に着手したのは、昭和34年のことです。


折から日本の工業分野には、業種を問わず初めて技術革新の意識が芽生え、それはたちまちのうちに酒々とした流れに化しました。


日進月歩の新技術・・・。


この年代にそれを鋭敏に反映したのが、中古車情報の多い乗用車であったと言えます。


眼前に展開する販売競争は、一面技術競争でもありました。


しかし見落としてはならないのは、この当時から技術者たちの眼が、世界の市場に向けられていたことです。


追いつけ、追い越せの目標は世界・・・。


これが技術者の意識であり、歴史的には『時代の姿』であったと見なければなりません。


昭和34~35年あたりから次々にデビューする国産乗用車が、高速性能を競い、車体重量の軽量化に苦心し、高速安定性能の向上を重視したのも、目的は一つ、世界に通用するためでした。


いすゞベレットはその水準を具えて誕生しました。


世に在ること11年、次世代モデルにバトンを渡して墓標の列に入りましたが、くるま昭和史を飾る立派なモデルであったと思います。


マツダファミリア

こんにちは。


今日は、今でも中古車情報の多いマツダファミリアの話をしたいと思います。


今でこそ眼にすることもなくなりましたが・・・


昭和30年代には先発メーカーとか、後発メーカーという冠詞が、報道記事によく使われました。


その使われ方を乗用車業界に限ってみると、トヨタ、日産の2社だけが先発メーカーであり、そのほかはすべて後発メーカーの扱いを受けました。


報道記事に見るかぎり、先発あるいは後発の文字を冠することに格別の意味があったわけではありません。


それはせいぜい乗用車の製造歴を、ひと言で表現するのに便利という程度の意味合いであったかと思います。


しかし後発グループに属するメーカーが、乗用車市場に新規に参入してゆく過程には、実にさまざまな難関が待っていました。


難関の最たるものは販売のむずかしさです。


後発メーカーの苦心

新規の参入はシェア・ゼロからのスタートとなります。


販売網の整備と運転資金には、莫大な投資を必要とします。


販売戦力の養成には長い年月が要るもの。


高額の商品である故に、大方のユーザーは商品の知名度や既成の信頼性を重視して、安心を買う選択にかたむきます。


中古車の検索サイトなどでもそうですよね。


新規参入メーカーの苦心はこれにとどまりません。


社運の賭かる商品の知名度は、全国紙に1頁広告を二度や三度打ったからとて、効果的に滲透するものではありません。


・・・それでことが足りると思うのは、広告を発信する側が陥いる錯覚に過ぎず、ほんとうのところは、セールスマンが見込み客のところに日参を重ね、断わりを喰う度数に比例して認知を増す性質のものと言えます。


この間、他社製品との熾烈な競争もあります。


加えて後発メーカーが出揃った30年代後半には、貿易自由化を軸とする開放経済体制への移行が大詰の段階にあり、自動車業界は国際競争のなかで生き残る戦略をも立てねばならない事態に追いこまれました。


国際商品としての自動車と中古車

自動車は国際商品です。


ひとたび貿易の自由化が実施されれば、外国車は大手を振って国内市場に流入してくるでしょう。


価格、性能、外観をひっくるめた商品性において外国製乗用車の人気が中古車情報の多い国産車にまされば、その帰結するところは火を見るより明らかです。


まだ公害問題も発生せず、オイルショックなどは夢想だにしない30年代の後半ではありましたが・・・


自動車業界にとってこの時期に直面した事態は深刻なものがありました。


先発メーカーにおいて然り、まして後発メーカーにとって、それは越えがたいハードルとも思われました。


後発メーカーが背負う数々のハンデをどう克服するか・・・。


昭和30年代の半ば、松田恒次社長の胸中に去来する思いは、この一点に集中していました。


35年5月に発売した軽乗用車マツダR360クーペは、末端価格30万円という廉価が人気を呼んで好調なスタートを切りました。


・・・このまま軽乗用車メーカーにとどまる限り、トヨタ、日産との競合も避けられます。

総合自動車メーカーとしての実力

R360クーペが幸先のよいスタートを切れたのも、そのおかげと言えなくもありません。


しかし行く手には開放経済体制への移行にともなう国際競争の情勢が待っています。


トラックはともかく、乗用車部門は軽規格だけの企業力で、果たして国際競争に勝ち残れるものかどうか・・・。


答は否です。


それなら中古車情報の多い乗用車部門でも小型車、普通車の分野に進出して、総合自動車メーカーとしての力を蓄える以外に道はありません。


幸いにも、メーカーの数こそ十指に余るとは言え、総合自動車メーカーの実力と社格を備えているのは、トヨタ、日産の2社だけです。


あとはすべて後発メーカーであり、見渡したところ、どのメーカーもナンバー3の座に等距離の位置にいます。


東洋工業(現マツダ)が起つべき時は今を措いてない・・・。


恒次社長の決意は固まりました。


小型乗用車の開発

ここにおいて、問題は外車の輪入自由化までのタイムスケジュールのなかで、総合自動車メーカーの企業体を構築するにはどうすべきかにしぼられます。


政府は35年6月の貿易・為替自由化促進閣僚会議で、3年後80%の自由化達成を目標とする自由化計画を決定しています。


・・・ついでながら日本が国際通貨基金8条国に移行したのは39年4月1日。


次いで乗用車の完成車輪入自由化が実施されたのは、翌40年10月1日のことです。


・・・情勢は時間的に切迫しています。


まずは中古車情報の多い小型乗用車の開発を急がねばなりません。


小型乗用車を作って、売って、量産の軌道に乗せ、企業の足腰を強化することが何より先決です。


こうして35年のうちに、600~800㏄クラスに照準をおく小型乗用車の開発準備が始動しました。


いささか旧聞に属しますが、恒次社長は東洋工業が昭和の初期にマツダ号三輪車を開発した当初からその陣頭指揮に当たり、戦後に続く長い期間、三輪車王国を築いた人です。


ある戦略

社長は新製品の市場開拓に、身をもって苦心の経験を積んだ人です。


内に苦労人としての人徳を備え、外には頭の回転の早いことで聞こえていました。


今、小型乗用車の開発をスタートするに当たり・・・


まっ先に考えたのは、中古車検索の多い新小型乗用車は大量販売を実現しなければならないのは当然として、どうすればそれを達成できるかの戦略でした。


小型乗用車の市場に打って出るとなれば、強敵トヨタ、日産のモデルとの競合は避けられません。


それより何より、知名度の若いマツダモデルに、顧客の眼を吸引する何かがなければ勝ち目はありません。


この段階で恒次社長の脳裡をふとよぎったものがあります。


それはこの年(35年)の元旦に、あまたの年賀状にまじって届いた西ドイツからの1通の航空便でした。


差出人は西ドイツで機械関係の商社を経営するフォルスターと言い、東洋工業の先代社長松田重次郎と親交のあった人です。

三菱の中古車ってどう?


ポルシェやフェラーリなどのスポーツカーは、AT車の設定があることで売れてきたという側面もあります。


スポーツカーにとってもATは無視できない存在なのです。


・・・ただし、あまり乱暴なシフト操作を繰り返すことは、ATにとって決していいことではありません。


さて、今日はAT車はどう動くのかということについて述べていきたいと思います。


三菱 中古車のようなクルマというのは、パワーを発生するエンジンだけがあっても動くわけではありません。


もちろんタイヤだけでもダメですね。


このエンジンとタイヤの間にあり、とても重要な役目を果たしているのが、トランスミッションなのです。


トランスミッションには大きくわけて二通りあります。


一つは、マニュアルトランスミッション、通称MTです。


これはドライバーが手と足を使って、ミッションを操作します。


中古車情報が多いクルマは・・・

MTに対して、AT、オートマチックトランスミッションがあります。


こちらは、ドライバーが手も足も使わない(?)で、エンジンからの力を、タイヤに伝えます。


マニュアル車の場合、スタートしてから最高速に到達するには何回かチェンジレバーを操作します。


これは、各ギアにそれぞれの役目があるからです。


1速(ロー)は、とにかく重いクルマをスタートさせるためのギアなので、スピードをだすことよりも、トルクをだせるようになっています。


2速(セカンド)は、スピードにのせるための準備ギア。


さらに、3速、4速、5速ギアでは、トルクは小さいのですが、スピードがでるようになっています。


しかし中古車情報が多く人気のある、マニュアル車は、こうした路面状態や道路状態をドライバーが見てから判断し、ギアを選ばなければなりません。


そうしないと、ノッキングをおこしたり、エンジンの回転数が異常に高くなったりするからです。


ところが、AT車ではこうしたギアの選択を、すべてATが行ってしまうのです。


AT車にもクラッチがある


ドライバーは、アクセルを踏む力を強くしたり弱くしたりするだけで、状況にマッチした"走り"が実現します。


なぜ、アクセルの動きだけで、エンジンからの力が適切にタイヤに伝わるのでしょうか?


ATでもMTでもエンジンのクランクシャフトから延びている入力軸があり・・・


それがミッションケースのなかに入り、駆動輪へでていく、という流れは同じです。


しかし、ふつうのマニュアル車がクラッチとギアボックスから成り立っているのに対し、AT車の場合は、トルクコンバーター、変速機構、制御部分という三つのパートに分かれています。


ATの三菱 中古車でもこれは同じことですね。


クランクシャフト側から入った力は、この三つのパートの働きにより、走行状況に見合った出力で駆動軸に伝わるわけです。


マニュアル車でのクラッチというのは、エンジンからのカを伝えたり、切ったりする役目を果たしています。


次回、もう少しくわしくメカニズムを説明しましょう。

AT車の構造


エンジンのクランクシャフトに直結しているフライホイールは、エンジンが回転している間は絶えず回転しています。


このフライホイールに円盤型のプレートを押しつけたり、離したりして、力を伝えたり、切ったりすろのです。


ですからクラッチペダルを勢いよく離すと、ガクッというショックがあるのは、プレートがいきなり回転しているフライホイールに押しつけられたときのショックなのです。


・・・このようにクラッチというのは、ミッションを操作するときに、エンジンからの力を二時的に切ったりするのです。


こう考えると、ATといえども原理的にはギアポックスもあり、自動的ではありますが、シフトアップ.!ダウンもするので、クラッチがあってもおかしくはないはずです。


実際にクラッチに似た役目を果たすものは、ATの中古車のなかに入っているのです。


正確には、ものというよりも液体なのですが・・・。


ATの構造に関しては、あとでくわしく説明しますが、そのなかに、トルクコンバーターという部分があります。


余談ですが、トルクコンバーターを略して、トルコンといいます。


・・・ですから、ときどきAT車のことを、"トルコン車"という人がいるのです。


マニュアル車のクラッチ

トルクコンバーターのことを"ノークラ車"と呼ぶ人もいます。


これは三菱 中古車にクラッチペダルがないためですが、クラッチがないわけではありません。


そのトルクコンバーターが、エンジンからの入力をミッション部分に伝えます。


そのためには、クラッチがなければならないのですが、トルクコンバーターのなかには、オイルが封入されているのです。


つまりこのオイルが、エンジンからの入力をミッション部分に伝える役目を果たしているといってよいでしょう。


また、最近よく耳にするロックアッブクラッチというメカニズムも、クラッチブレートではありませんが・・・


機械的な動きによって、ダイレクトにトルクコンバーターのカバーと接触するようになっています。


こちらのほうが、本来のマニュアル車のクラッチに似た働きをしているといえます。

AT車独自のメカニズム

トルクコンバーターというのは、AT独自のメカニズムです。


その原理はドーナツ状の密封されたケースのなかにオイルが入っています。


このケースのなかには二つのタービンが入っていると考えてください。


一方のタービンはエンジンからの入力軸とつながっています。


エンジンを始動させると、このタービン(インペラーといいます)が同時に回転します。


この状態では、インペラー近くのオイルが、インペラーの回転と同時に、動かされ始めます。


やがて、ドライバーがアクセルを踏み込むと、エンジン回転が高くなり、インペラー側のタービンが速く回りはじめます。


・・・こうなると、オイルのかくはんも始まります。


オイルの動きが速くなると、もう一方のタービン付近のオイルも動き始めるようになります。


日ごろから中古車の情報をチェックしているというような方なら、もうすでにご存知ですよね。

トルクコンバーターの形式

扇風機を向かい合わせて2台置き、一方だけスイッチを入れて回転させると、スイッチの入っていないほうの扇風機も、風の力で回転し始めるという原理と同じことです。


・・・でも、この2枚のタービンとオイルというだけの仕組みならば、流体クラッチと同じです。


ところがトルクコンバーターは、ステーターと呼ばれる小さな羽根車が中央部分にあるということが、流体クラッチとトルクコンバーターの違いです。


ステーターの役目については別の機会にくわしく説明します。


三菱 中古車などのトルクコンバーターの形式をカタログなどで見ると、「3要素、1段、2相」という表現がされています。


この表現によって、そのトルクコンバーターの構造がわかるのです。


3要素は羽根車(タービン)の数を表わしています。


3要素は3枚のタービン、すなわちポンプインペラー、タービンインペラー、ステーターの3枚です。

トルクコンバーターの構成と作動

1段・・・タービンランナーの数を示しています。


2相・・・これは、力の伝達の方法が二通りあることを示しています。


つまり、流体クラッチとトルクコンバーターの二つの働きをするということです。


たいていのトルクコンバーターは、このようなメカニズムになっています。


わたしたちが、ごくふつうにアクセルを踏んでいるだけで、自動的にシフトアップやシフトダウンする中古車情報の多いAT車ですが・・・


その内部では、いろいろと複雑なメカが、私たちに代わり、シフト操作などを行っているのです。


次は、ATの具体的な作動について考えてみましょう。


ATの基本構造は、トルクコンバーターのほかに、変速機構という部分・・・


さらに、バルブボディ(制御系)に分かれます。


おすすめは三菱の中古車

トルクコンバーターの構造は前に述べましたが・・・


オイルに満たされたドーナツ状の容器のなかで、ポンプインペラーがエンジンからの入力軸に結合され、これがエンジンの回転に合わせて回転することです。


エンジンからの力が、出力軸側のタービンランナーに伝わるわけです。


・・・こうして、駆動側に伝わった力は、変速機構部に伝わることになるのです。


これは三菱 中古車であっても同様です。


そして、この変速機構部分というのは、マニュアルミッションのギア部分と同じ働きをするわけです。


変速機部分は、プラネタリーギアをメインメカとして、これを動かすためのいくつかのパーツが組み込まれています。


この働きについては、別の機会にくわしく述べることにします。


・・・いずれにしても、この部分で、自動的に各ギアにシフトアップしたり、シフトダウンしたりすることになるのです。


ここがオートマチックミッションの実働部隊といったところになります。


大切なAT車のメカニズム

プラネタリーギア部分が実働部隊とすると、制御部分は、いわば頭脳ということになります。


ここでは、ドライバーがチェンジレバーで決定したポジションにより、いろいろなことを考えます。


特に走行レンジでは、車速などの情報をもとに、エンジンブレーキやクラッチ作動などを命令します。


最近多くなってきたマイコン制御式のATというのは、この部分にコンピュータを使用しているわけです。


構造上は、このプラネタリーギアユニットと制御系をはさんで、アウトプットシャフトが駆動軸のほうに延びているのです。


こうしてAT車は、ドライバーのセレクター操作と、アクセルの動きだけで、快適に走ることができるわけです。


ATの構造が複雑なことは、ここまででだいたいわかったと思います。


ここではまた、このAT車のなかでも特に大切なメカを紹介しましょう。


それはステーターです。


中古車の検索サイトをよく見ているという方ならきっとご存知のはずです。

トルクコンバーターの働き

トルクコンバーターというのは、たびたび述べてきたように・・・


オイルを介してエンジンからの動力を出力軸に伝達し、出力軸の動きに応じて、エンジンからの動力を出力側に有効にトルク変換する役目を果たしています。


こうした動きは、すべて自動的であるし、無段に作用しているのです。


ですから、トルクコンバーターというのが流体クラッチとある部分では同じということは、すでに説明したとおりです。


この流体クラッチとトルクコンバーターの違いが、ステーターにあるのです。


もう少しくわしく、トルクコンバーターの働きを説明します。


エンジンのクランクシャフトに直結されたポンプインペラーが回転すると、内部のオイルは、シャフトのまわりに回転する流れを生じます。


このようなことは、三菱 中古車でも同じですね。


その結果、遠心力により、ポンプインペラーとタービンランナーの間を循環するウズが発生して、その力がタービンランナーに伝わります。


中古車検索サイトをチェック

流体クラッチと同じです。


ところが、タービンランナーとポンプインペラーの回転スピードの差が大きいうちは、タービンランナーのほうからでたオイルが、インペラーの回転を妨げる方向に流れてしまいます。


そこで、この二つのタービンの間に、ステーターと呼ばれるプロペラのような羽根を設けたのです。


このステーターは、ポンプインペラーが逆方向に回らないようにする役目をします。


・・・と同時に、ステーターにオイルが当たると、その分トルクが増えるのです。


一方、タービンランナーの回転速度が上昇し、ポンプインペラーのスピードに近づくと、ステーターが、トルク増大効果を低下させる働きをしてしまうのです。


これを防ぐために、ステーターには一方向にだけ回転できるーウェイクラッチが内蔵されているのです。


これで、このステーターの存在が、トルクコンバーターのなかで、かなり重要なポイントになることが、理解できたのではないかと思います。


あとは中古車検索サイトで欲しいクルマを探すだけですね!

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